八面大王(はちめんだいおう)とは、長野県安曇野市の有明山麓に伝わる伝説上の鬼で、空・雲・風・雨を操る力を持ち、坂上田村麻呂に討伐されたと語られる存在です。ここでは、その討伐の決め手となった「山鳥の恩返し」の物語を、5分で読める昔話調のあらすじでご紹介します。
むかしむかし、信州の安曇野には、「八面大王(はちめんだいおう)」と呼ばれる恐ろしい鬼が住んでいたそうな。
八面大王とは?「山鳥の恩返し」あらすじ早わかり
八面大王は、安曇野の有明山にこもり空・雲・風・雨まで操ったとされる伝説上の鬼です。矢も効かない体を持ち村々を苦しめましたが、坂上田村麻呂が観音のお告げで「三十三節の尾を持つ山鳥の羽の矢」でしか倒せないと知ります。その山鳥こそ、若者・弥助にかつて助けられた鳥の化身でした。要点を先に整理すると次のとおりです。
- 登場人物:八面大王(鬼)、坂上田村麻呂(討伐する武将)、弥助(山鳥を助けた若者)、山鳥の化身(弥助の妻)
- 鬼退治のカギ:三十三節の尾を持つ山鳥の羽で作った矢だけが八面大王の魔力を破れる
- 結末:山鳥に化けた妻が自らの羽を差し出して恩返しし、田村麻呂が八面大王を討つ
- 地名の由来:合戦沢・中房温泉・矢村など、物語にちなんだ地名が安曇野に今も残る
物語本編
村を苦しめる鬼・八面大王
八面大王は、有明山のふもとにある岩屋にこもり、空を飛び、雲や風、雨までも操るという大きな力を持っていた。矢を放ってもはじき返すその体、怒れば嵐が起き、山のふもとの村々は荒れ果ててしまった。
村人たちは困り果てた。作物は荒らされ、人々は泣き暮らすばかりだった。
そこへ、都から武将・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が東征の途中でこの地を訪れた。村人から話を聞いた田村麻呂は「わしがその鬼を退治しよう」と立ち上がった。
だが、八面大王の力は強く、どんな矢も効かない。
そこで田村麻呂は観音様に祈りをささげ、夢の中でお告げを受けた。
「三十三節の尾をもつ山鳥の羽で矢を作れば、鬼の魔力を打ち破ることができるであろう」と――。
けれど、そんな山鳥はどこを探しても見つからない。
***
山鳥を助けた若者・弥助
そのころ、村に弥助(やすけ)という心優しい若者がおった。
ある日、罠にかかった大きな山鳥を見つけた弥助は、傷ついたその鳥をそっと逃がしてやった。「かわいそうに……生きておくれ」と言いながら、代わりに持っていた500文を置いていった。
数日後、大晦日の寒い晩。ひとりの娘が弥助の家にやってきた。道に迷ったというその娘を、弥助と母のオサクはあたたかく迎え入れた。
やがて弥助と娘は夫婦となり、幸せな日々を送る。
ところがある日、田村麻呂の命で「三十三節の山鳥の尾羽を持つ者はいないか」と村におふれが出された。
その夜、弥助の妻は姿を消していた。残された手紙にはこう書かれていた。
「私は、あの日助けていただいた山鳥の化身です。三十三節の尾を、鬼退治にお使いください。どうか、これで恩返しをさせてください――」
弥助は涙を流しながら、その羽を田村麻呂に届けた。
***
恩返しの矢と八面大王の最期
満月の夜。
八面大王が月に背を向けたその瞬間、田村麻呂は山鳥の矢を放った。
矢はまっすぐに鬼の胸を貫き、八面大王の魔力は失われた。
その後、鬼は討ち果たされ、手下たちも山中に追い詰められたという。
戦いの跡地は「合戦沢(かっせんざわ)」と呼ばれ、今も地名として残っておる。
***
安曇野に残る地名の由来
ところが――
八面大王の血が地に染み込むと、その年の安曇野は病がはやり、人々は再び苦しむことになった。
田村麻呂は観音にもう一度祈りをささげた。すると、「病を癒す温泉が近くに湧くであろう」とお告げがあった。
その場所から湧き出たのが、中房温泉(なかぶさおんせん)であると言われておる。中房温泉は今も北アルプス登山口の秘湯として営業を続けており、物語の面影を感じながら実際に訪れることができる。
***
田村麻呂は、鬼の復活を恐れ、八面大王の体を八つに切り分けて、各地に埋めた。
・首は松本の筑摩神社
・胴体は御法田のわさび畑
・耳は「耳塚(みみづか)」
・足は「立足(たてあし)」
・そして心臓を埋めた場所には神社を建てた
いまでも、八面大王の祟りを恐れて、これらの場所では丁重に祀られているそうな。
そして、弥助の村は「矢村(やむら)」と呼ばれるようになった――という。
八面大王についてよくある質問
八面大王とは何者ですか?(一言で)
長野県安曇野市の有明山麓に伝わる伝説上の鬼で、空・雲・風・雨を操る力を持ち、村々を苦しめたのち坂上田村麻呂に討伐されたとされる存在です。討伐の決め手が「三十三節の尾を持つ山鳥の羽の矢」だったというのが本記事で紹介する「山鳥の恩返し」の物語です。八面大王の概要をさらに詳しく知りたい方は八面大王とは——安曇野に潜む、名もなき伝説の主をご覧ください。
八面大王は実在した人物ですか?
「山鳥の恩返し」は史実ではなく安曇野に伝わる民話です。ただし坂上田村麻呂は実在の武将で、蝦夷征討の過程で当地に伝説が結びついたと考えられています。八面大王という存在そのものが実在したのかを史実と伝承に分けて検証した記事は八面大王は実在したのか?史実と伝承を分けて考える、鬼か英雄かという同じ二面性を持つ伝説との比較は両面宿儺と八面大王は実在した?鬼か英雄か伝説を徹底比較もあわせてご覧ください。
「三十三節の山鳥」とはどんな意味ですか?
尾羽の節(模様の区切り)が33本ある特別な山鳥という意味で、通常の矢羽根では通じない八面大王の魔力を破る唯一の武器とされています。物語の中では、この山鳥こそ弥助が助けた鳥の化身であったという恩返しの構図が核心になっています。
物語ゆかりの地名は今も残っていますか?
はい。討伐の跡地とされる合戦沢、鬼の血で流行った病を癒したという中房温泉、弥助の村に由来する矢村など、安曇野には物語にちなむ地名がいくつも残っています。八面大王ゆかりの史跡をまとめて調べたい方は八面大王に関連する史跡と碑文の調査報告を参考にしてください。
「鶴の恩返し」など他の恩返し民話との違いは?
助けられた動物が人の姿になって恩返しをするという骨格は、「鶴の恩返し」「浦島太郎」などにも共通する日本民話の典型的なモチーフです。「山鳥の恩返し」の特徴は、恩返しが機織りのような静かな贈り物ではなく、「三十三節の尾羽」という鬼退治の決め手そのものとして使われる点にあります。恩返しの物語が、そのまま地域の鬼退治伝説・地名由来の物語と一体化しているのが、安曇野に伝わるこの民話ならではの特色です。
おわりに
このお話は、安曇野地方に伝わる民話であり、歴史的な事実ではありません。
けれども、この地を歩けば、今でも伝説の面影を感じられる場所がいくつもあります。
物語の中で生き続ける八面大王と山鳥の恩返し、あなたもいつか、訪ねてみてはいかがでしょうか。
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