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【民話】安曇野の鬼・八面大王と山鳥の恩返し

むかしむかし、信州の安曇野には、「八面大王(はちめんだいおう)」と呼ばれる恐ろしい鬼が住んでいたそうな。

八面大王は、有明山のふもとにある岩屋にこもり、空を飛び、雲や風、雨までも操るという大きな力を持っていた。矢を放ってもはじき返すその体、怒れば嵐が起き、山のふもとの村々は荒れ果ててしまった。

村人たちは困り果てた。作物は荒らされ、人々は泣き暮らすばかりだった。

そこへ、都から武将・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が東征の途中でこの地を訪れた。村人から話を聞いた田村麻呂は「わしがその鬼を退治しよう」と立ち上がった。

だが、八面大王の力は強く、どんな矢も効かない。

そこで田村麻呂は観音様に祈りをささげ、夢の中でお告げを受けた。
「三十三節の尾をもつ山鳥の羽で矢を作れば、鬼の魔力を打ち破ることができるであろう」と――。

けれど、そんな山鳥はどこを探しても見つからない。

***

そのころ、村に弥助(やすけ)という心優しい若者がおった。

ある日、罠にかかった大きな山鳥を見つけた弥助は、傷ついたその鳥をそっと逃がしてやった。「かわいそうに……生きておくれ」と言いながら、代わりに持っていた500文を置いていった。

数日後、大晦日の寒い晩。ひとりの娘が弥助の家にやってきた。道に迷ったというその娘を、弥助と母のオサクはあたたかく迎え入れた。

やがて弥助と娘は夫婦となり、幸せな日々を送る。

ところがある日、田村麻呂の命で「三十三節の山鳥の尾羽を持つ者はいないか」と村におふれが出された。

その夜、弥助の妻は姿を消していた。残された手紙にはこう書かれていた。

「私は、あの日助けていただいた山鳥の化身です。三十三節の尾を、鬼退治にお使いください。どうか、これで恩返しをさせてください――」

弥助は涙を流しながら、その羽を田村麻呂に届けた。

***

満月の夜。

八面大王が月に背を向けたその瞬間、田村麻呂は山鳥の矢を放った。

矢はまっすぐに鬼の胸を貫き、八面大王の魔力は失われた。

その後、鬼は討ち果たされ、手下たちも山中に追い詰められたという。

戦いの跡地は「合戦沢(かっせんざわ)」と呼ばれ、今も地名として残っておる。

***

ところが――

八面大王の血が地に染み込むと、その年の安曇野は病がはやり、人々は再び苦しむことになった。

田村麻呂は観音にもう一度祈りをささげた。すると、「病を癒す温泉が近くに湧くであろう」とお告げがあった。

その場所から湧き出たのが、中房温泉(なかぶさおんせん)であると言われておる。

***

田村麻呂は、鬼の復活を恐れ、八面大王の体を八つに切り分けて、各地に埋めた。

・首は松本の筑摩神社
・胴体は御法田のわさび畑
・耳は「耳塚(みみづか)」
・足は「立足(たてあし)」
・そして心臓を埋めた場所には神社を建てた

いまでも、八面大王の祟りを恐れて、これらの場所では丁重に祀られているそうな。

そして、弥助の村は「矢村(やむら)」と呼ばれるようになった――という。


おわりに

このお話は、安曇野地方に伝わる民話であり、歴史的な事実ではありません。
けれども、この地を歩けば、今でも伝説の面影を感じられる場所がいくつもあります。
物語の中で生き続ける八面大王と山鳥の恩返し、あなたもいつか、訪ねてみてはいかがでしょうか。

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