八面大王とは?
長野県安曇野地方には、有明山の麓に「魏石鬼八面大王(ぎしき・はちめんだいおう)」という伝説上の人物がいたと語り伝えられている。八面大王は魏石鬼(義死鬼)とも呼ばれ、安曇野一帯の寺社縁起や口承に残る。この物語は史実ではなく、口承民話として語り継がれてきたものだ。
悪鬼としての八面大王
古い民話では、有明山の山麓に宮城(みやぎ)と呼ばれる岩屋があり、そこには人々から作物や婦女を奪う恐ろしい鬼が棲んでいた。その鬼こそ八面大王で、空を飛び雲や雨風を自由に操る魔力を持っており、矢で攻撃しても弾き返すため誰も近づけない。都で蝦夷征伐の軍を率いていた坂上田村麻呂がこの話を耳にし、通りすがりに鬼退治を引き受ける。
山鳥の尾羽で作った矢
八面大王の魔力に手も足も出なかった田村麻呂は観音に戦勝祈願を行う。夢に現れた観音は「33節の山鳥の尾で矢を作り、満願の夜に射よ」と告げた。しかし33節ある山鳥はなかなか見つからない。
この頃、穂高の村人・弥助は罠にかかった大きな山鳥を助け、代わりに持っていた500文を置いて帰った。数日後の大晦日、道に迷った娘が弥助の家を訪れ、弥助と母のオサクは娘を温かく迎え入れる。やがて弥助は娘を妻とし幸せに暮らすが、田村麻呂が山鳥の尾羽を探させる布令を出した翌日、妻は書き置きを残して姿を消す。その手紙には「山鳥の尾を鬼退治に使ってください。これで恩返しができます」と書かれていた。妻は助けた山鳥の化身であり、置き土産に33節の尾羽を残していったのだ。
弥助はその尾で矢を作って田村麻呂に献上し、田村麻呂は満月の夜、八面大王が月に背を向けた瞬間に矢を放った。魔力を失った鬼は胸を射抜かれ、手下ともども山中に追い詰められて討たれる。戦場跡は「合戦沢」と呼ばれるようになった。
合戦後の奇跡と地名の由来
八面大王の血が流れ出すと安曇野一帯の空が赤く染まり、雨となって降りそそぎ、病が広まった。田村麻呂は満願寺を建てて観音像を安置し祈ると、七日目の夜に観音が現れ、「近くに温泉が湧くのでその湯で病を治しなさい」と告げた。この温泉が現在の中房温泉とされる。
田村麻呂は八面大王が甦るのを恐れ、体を切り刻んで各地に埋めた。耳を埋めた場所は「耳塚」、足を埋めた場所は「立足」、首を埋めたのは松本の筑摩神社(筑八幡宮)の境内、胴体を埋めたのが御法田のわさび畑(大王わさび農場)だと言われる。鬼退治に使われた矢を作った弥助の村は「矢村」と呼ばれるようになり、八面大王の家来の常念坊が鬼の冥福を祈った山は「常念岳」と名付けられた。
地元によって変わる八面大王像
現在伝承されている物語にはいくつかのパターンがある。『仁科濫觴記』には、八面大王が八人の首領を持つ盗賊集団の名であり、仁科氏が征伐したという話が記されている。江戸時代の地誌『信府統記』では八面大王が鬼として描かれ、坂上田村麻呂が討伐したと伝えている。
このため八面大王には二通りの見方がある。民話の多くでは村人に迷惑をかける鬼として描かれるが、一方で田村麻呂の北征に先立ち、中央からの重い貢納に苦しむ信濃の民を救おうとして立ち上がり田村麻呂と戦った英雄とする説もある。安曇野の郷土資料では、国家勢力に抗した地元の豪族が敗れた姿が、後に鬼伝説に姿を変えたとも語られている。
坂上田村麻呂の民話上の役割
坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)は平安時代初期の武将で、蝦夷(東北地方の先住民)征討のために征夷大将軍となった人物である。史実の田村麻呂は大納言にまで昇進し、東北制圧に功績を挙げたが、各地の民話では鬼退治の名手として語られる。八面大王伝説でも、田村麻呂は観音や神託に導かれながら魔物を討伐する英雄として登場し、寺社の創建や温泉の発見など多くの伝説が結び付けられている。
おわりに
八面大王と坂上田村麻呂の物語は、安曇野地方の景観や地名に深く結びつきながら語り継がれている。八面大王を鬼と見るか英雄と見るかは地域や資料によって異なるが、山鳥の恩返し、観音のお告げ、湧き出す温泉、そして分断された身体に由来する地名など、さまざまな要素が物語を豊かにしている。史実から離れた民話であることを理解したうえで、安曇野の自然と人々の暮らしに根ざした伝承として楽しみたい。
参考記事
以下に、八面大王と坂上田村麻呂の民話に関する情報源をまとめます。各URLは、記事作成の際に参考にしたページです。
- 八面大王が安曇野の民話でどのように伝えられているかを紹介するブログ記事:
https://chinki-note.blogspot.com/p/blog-page_1.html - 八面大王に関する地誌資料がまとめられたPDF資料(安曇野市発行):
https://www.city.azumino.nagano.jp/uploaded/attachment/52234.pdf - 魏石鬼八面大王の概要と伝説の成り立ちを説明するWikipedia記事:
https://ja.wikipedia.org/wiki/魏石鬼八面大王 - 八面大王の首を埋めたとされる筑摩神社の由緒と伝説を解説するページ:
https://japanmystery.com/nagano/iiduka.html - 八面大王が潜んだと伝えられる「魏石鬼の岩屋」を紹介する観光情報サイト:
https://www.i-turn.jp/gishikinoiwaya-hachimendaiou-kakurega.html - 坂上田村麻呂の歴史的背景や全国各地の伝説をまとめた田村市ホームページ:
https://www.city.tamura.lg.jp/soshiki/18/kanko-tamuramarodensetu-kari.html
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